少しずつ落ち着いてきたので、このところの出来事について何回かに分けて書いていこうと思う。
前回の記事で父はもう長くないだろうと書いた、その2日後の早朝。
せん妄が出ている父に、病院に泊まり込みで付き沿う生活を1週間も続けている母から、電話が来た。
時間は5時33分。こんな時間にかけてくるなんて緊急事態であることは間違いない。とにかく飛び起きて、父が亡くなったのだろうか?!とビクビクしながら電話に出る。
母から伝えられたことはこうだった。
「お父さんの脈が微弱で、いつ亡くなってもおかしくない状態。今のうちに会いたい人は会っておいて、だって」
要するに危篤状態である。
すぐ駆けつける旨を伝え電話を切り、隣の部屋で寝ている末っ子を起こし、自分と子供たちのお弁当を作っていた旦那さんにも事情を説明(訳あって今私の分以外のお弁当は旦那さんが作っている)。長男の部屋に押しかけてこちらも事情を言って起きてもらった。
これ以上ない速さで着替えと最低限のメイクを済ませ、4人で長男自慢の愛車に乗り込み病院へ向かう。
まだまだ暑いが、田舎の秋口の美しい光景が、車窓には広がっていた。
父はこれを二度と見れないかもしれないのだと、ぼんやり思った。悔しかった。自動的に涙がぼたぼた垂れた。
2ヶ月前まで、あんなに元気だったのに。
あんなに治療に前向きだったのに。
これからたくさん、母と旅行に行くんだと言って、楽しみにしていたのに。
治療のせいで弱って、このまま家にも帰れず亡くなってしまうの?あんまりだよ…。
病院に着いて、足早に病室のある階へと向かう。私は方向音痴なのに、何度も何度も通ううち複雑な順路を覚えてしまった。
祈りながら辿り着いた病室で、父はまだ生きていた。とはいえ、もう一切話すことはできなくなっていた。目の動きで、ああこっちを認識しているな、とわかるくらいの程度だ。
母に、妹に連絡したのか聞くと、連絡はした、2時間後くらいにこっちに着くであろう、とのこと。
朝ごはんも食べずに駆けつけた我々4人は、病院内のカフェが開くと同時に、パンとコーヒーをいただいた。食欲が湧くわけがないけれど、その時は無理にでも食べないといけないと考えていた。それから各々の会社や学校に欠席の連絡をする。
病室に戻ると、父は相変わらずの絶望的状況。
元々予定していた退院のためのカンファレンスは明日の予定だった。その後、急性膵炎の症状が落ち着いていれば、数日中に退院、となるはずだったが…。
こんなに全く動けず、今にも死にそうな父が、退院なんてできるとは思えない。
そうこうしているうちに妹が来た。小学生と中学生の2人の子供たちをどうするのか気になっていたのだが、2人とも学校を休ませて連れてきていた。静かで暗い雰囲気だった病室に妹のでっかい声が響いて、びっくりと安堵が同時に来たのを覚えている。
妹は改めて言った。「1時間でも、1分でもいい、お父さんを家に連れて帰って、最期は家で迎えさせてあげたい。ここまでの状態の人を在宅にするなんて、うちの事業所(妹は訪問看護の仕事をしている)でもやった事ないんだけど…。最悪、移動のタクシー内で呼吸が止まる可能性も大いにある。でも、それでもいいよこのままより。タクシーで止まったら、そのまま家に帰って、かかりつけ医の先生に死亡確認してもらおう。」
今まで「1日だけでも」だったセリフが、「1時間でも、1分でも」になっている事が悲しかったが、刻一刻と父が弱っている今、悲しんでいる猶予はない。妹が到着してみんなが揃ったということで、主治医から家族全員に向けて病状の説明がなされた。(妹の小学生の末っ子は中学生のお姉ちゃんと一緒にロビーで待っていてもらった)
カンファレンス室で、レントゲンとCT写真を見せられながら絶望的な現状を伝えられる。我々は気管に管を入れることになったときに経験しているが、うちの長男と末っ子は初めての経験だ。チラッと見ると、2人とも硬直して聞いていた。
何度もお見舞いに来ているので、2人とも状況はある程度把握していただろうけれど、おじいちゃんがもう治らないとまでは思っていなかったかもしれない。改めて現実を突きつけられて、ショックだろうな…。
説明された現状は知っていることも知らないこともあった。若い担当医は、丁寧に説明してくれた。自分たちが施した治療が原因で父は死にかけているので、当然かもしれないが。
現状報告の後、妹が再度先程の主張を訴えた。同席していた、頭の切れそうな、でも優しい顔をした年配の看護師さん(後で彼女が「退院担当看護師」であると私は知ることになる)が、「明日の退院カンファレンスの後、すぐに退院できるよう準備を進めましょう」と言ってくださった。
ここまで来て、ワンマンでこの退院準備を仕切っていた妹が、「姉ちゃんはこれでいいと思う?」と言ってきた。
私には医療の知識も介護の知識もない。正直分からなかった。
父は家に帰りたがっていた。だが、家に帰そうとしたことで亡くなるかもしれない。逆に苦しい思いをするかもしれない。
だがそれは結果論だ。実際にやってみて、どうなるのかは誰にも分からない。それならせめて、父の最後の願いを叶えてあげようと行動することが最善の策なのではないか。そう言うと、妹は頷いた。
そして、結果的に、おそらくだが我々のこの行動は、正しかったのだと思う。
何故なら、今にも死にそうに思えた父に、カンファレンス室から帰った妹がでかい声で「お父さん!明日退院だよ!明日、家に帰れるよ!」と言った時、もう何も喋れなくて身体も動かせない父の目が、はっきりと輝いたのだから。
明日、病院に、父の退院&介護のためのチームが大集結する。そして、その後すぐに退院だ。
何だかとても大変な事になってきた。が、ある程度覚悟はできた。ここまできたらやるしかない。私がどこまで役に立てるかは分からないけど。
②に、続く…!


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