本来なら吸痰機(気管の奥に詰まった痰を吸い取る機械。長いゴムチューブをつけたミニ掃除機のようなもの)を購入しなければならなかったのだが、妹が奇跡的に職場でもらって、持ってきていた。
「買おうと思ってアマ〇ン見てたんだけど、たまたま利用者さんが使ってたやつが要らなくなってさ〜。ご家族にもらっていいか聞いたら、いいよいいよ!って。喜んで譲ってくれたよ」
「要らなくなった」というのはつまり、その方が亡くなったということだ。妹は守秘義務その他に反しない程度に、その吸痰機の前の使用者のことを教えてくれた。どうやら大変立派な方だったらしい。が、人間寝たきりになってしまえばみんな似たようなものだ。
買えば平気で5〜8万とかする機械だし、私自身も綺麗に洗えば中古でも全然OKってタイプの人間なので(そもそも先っちょのチューブは使い捨てなので衛生的にも問題ない)、ありがたく使わせていだだくことに(私が使うわけではないけど)。
しかし…ア〇ゾンて何でも売ってるんだね…。
病院でも妹は父の吸痰を何度かやっていた。流石に手馴れていて、病院の若い看護師よりはるかに上手なのは素人の私から見ても明らかだった。
鼻の穴からシリコン?ゴム?の柔らかく細いチューブを素早く入れていって、気管に到達させる。痰に届いて吸い取れても、そのまま一気に全部吸い取らず、休憩を入れるためにチューブを1回指で折って吸引を止める。ちょっとだけそうやって休んでから吸引を再開。コォォー、と音を立てて、痰が機械本体へ吸い取られる。
職人技だ。気管というものは真っ直ぐではないし、人によって形に個人差もあるそうだ。妹自身も「まぁ、経験だね」と言っていた通り、一朝一夕に身につけられるような技術ではない。
これをだいたい3時間に1回くらいやらないと、父は気管が詰まって窒息してしまう。重要な処置だ。
隣県の訪問看護ステーションで働く彼女。実はかなり上の方の役職で普段はバカ忙しくしているのだが、会社で事情を話すと「他人のお父さん診てる場合じゃないよ、自分のお父さんのために行ってあげて」と背中を押してもらい、部下に自分の仕事のほとんどを渡して、長期休暇を取ってうちに来てくれているのだ。
それでも時折「会社の人なんだろうな」という電話のやり取りや「これは利用者さんだろうな」っていう明らかお客さん相手の電話が聞こえてきていたし、父の世話の合間に会社のノートパソコンで人事関係の管理とかメールチェックをしていたようなので、流石に全部おまかせはできなかったのだろう。
今仕事が無茶苦茶ヒマな時期で、有給さえ足りればどれだけでも休みが許される私と違って、妹は忙しいし立場もある。本人はもちろん、父の最期まで立ち会うつもりでいるだろうが、万が一、のっぴきならない事情で隣県に帰らなければならないなんてことが、ないとは言えない。
母も同じ考えなのか、妹ばかりに負担を強いるのを避けるためか、「夜中の吸痰は私がやるよ」と、私と共に枕をずらしたりして妹を手伝いながら、熱心に処置を見学していた。
妹の方も熱心に教えてくれるが、見れば見るほど、自分にはできる気がしなかった。そもそも、吸痰される側はとても苦しいのだ(気管の奥深くまで管を入れられるんだから当たり前だが)。手間取るとかわいそうなので、「父さん〜苦しいね〜今、痰取れるからね〜」と父に声をかけながら、妹は華麗な手さばきで迅速に管を操っていく。
万が一のとき、妹がいなくてもし母ができなかったら私がやるしかない。そう思ってちゃんと学ばなければと見るのだが、やはり職人技、どうやるのかさっぱりわからん…。
そして、父1人に、専用介護者3人がかりである。どう考えても手厚すぎる。メンバーはスーパー訪看である妹、元看護師の母、なぁんにも知らない私😅
オムツ替えも、私も手を貸すため控えていたが、二人が有能すぎてほとんどすることはなかった。
私っている意味ある?
しかし分からないものは仕方がないし、かといって全部任せっきりにもしたくない。引き続きできるだけ父と2人のそばで作業を手伝い、そうでない時は俄然「給食のおばさん」化することに決めた。
妹の子供たちも来ていて、うちにはご飯を食べる人が9人もいるのだ。介護も看護も分からん。が、調理や片付けは私でもできる!!!
結局この日の晩御飯は妹と私がそれぞれ半分ずつ作って、1週間病院に泊まり込みでまともな夕飯を食べていなかった母をもてなした。母が「持つべきものは娘だねぇ」と言って喜んでくれたのが嬉しかった。
私は危篤の知らせがあった日(退院前日だ)、会社に事情を説明し急遽仕事を休み、その翌日であるこの日は元々退院カンファレンスに出るため休みにしてあった。
私は夕飯を作る前に、時計とカレンダーを見ながら会社に電話をかけた。この時間ならまだ全員いるだろう。支店長に電話を代わってもらい、決めたことを話す。父は無事退院し、病状は安定しているが付きっきりで介護しなければならないこと、母と妹だけでは大変なこと(ここで「私って本当に必要か?」とも思ったが、前述した万が一のことがあれば大変だし、と思い直す)、職場の介護休暇制度を使用し、とりあえず向こう1週間は休ませていただきたいということ。
支店長が動揺しているのが電話ごしでも分かり、仕方ないこととはいえ私は申し訳なくなった。
休みの前、私は職場に、介護休暇を使う可能性があるなんて一言も言っていなかったのだ。何故言わなかったか? 使うことはまずないだろうと思っていたからだ。
それが、予想外に父が生き長らえてくれて、家に帰ってきてからも体調は安定している。
意外と、長くなるのかもしれない…。父が生きていてくれるのはもちろん嬉しい。でも、この状態が長期化したら我々姉妹の仕事はどうなる? 私はともかく妹が何週間もここにいてくれるとは、流石に思えない。
支店長は普通に誠実な方なので、事情は分かった、休暇の申請をどうするべきかはこちらで調べておくので心配せず、今は家族のことを考えて必要ならどれだけでも休んでください、と言ってくださった。こんな事態になったのが今の支店長の時で良かったと心底思った。
父の傍にずっとついている母に、今の電話の件を報告する。私なんか居てもなぁ…と思いながら「向こう1週間は休みを取ったから…」と言った瞬間、母がものすごく安堵した表情を浮かべたので、私は思った。
ああ、これで良かったんだ。私は、ここに居るべきだ。医療や介護に関しては素人だが、できるだけ役に立てるよう、最善を尽くそう。
⑦へ、続ーーーく!!!!!!!!!


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