【献奏献歌】家族葬で良かった〜素人による介護記録・番外編(後編)〜

アコースティックギター

色々とやることがある中で、ギターの練習はその全ての合間を縫って何とかできる程度だ。本来ならば、人前で弾く予定がある直前なんて、日に何時間も練習するのが私的には当たり前なのだが…この状況下では…無理ぃ〜😂

それに、さすがに末っ子の歌とも何度か合わせておかなければならない。前にオープンマイクでやっているとはいえ、私の個人練だけしていては末っ子が可哀想だ。

居間で何度か二人で合わせているうち、「みんなにも一部歌ってもらったらいいのでは」というアイデアが湧いた。私はギターその他でいっぱいいっぱいだったので、急遽、旦那さんに〈糸〉の歌詞をワードで入力してもらい、人数分印刷した。

そうこうしてる間にも時は過ぎる。家族にご飯も食べさせなければならないし、父の棺に入れる食べ物も買いに行かなきゃだし、同じく棺に入れるメッセージも考えなければ(それを三兄弟にもさせなければならない)。

頼まれた買い出しは、寄せ書きを書くための色ペン、父の好きだったリンゴ、絶食で、誕生日に食べられなかったケーキ…。

本当に辛い入院生活だったと思う。でも、そこからやっと解放されたね、父さん。

通夜の日。

父の収められた棺が、男衆の手で縁側から庭へ運び出された。I君の運転する霊柩車に乗せられ、私と母も同乗する。

事前に聞かれていた、「故人が最後に行きたかったであろう場所」は、本家、父の生家だ。そして、そこはI君の自宅でもある。運転のI君に「道、分かる?」と冗談を言いつつ、本家に着いた。

「父さん、本家へ来たよ」

窓を開けてもらい、語りかける。もちろん返事はないが、しばらくそうしておいて、父が満足した気がしてから、我々はホールへ出発した。

通夜の受付は、うちの長男に責任者になってもらい、サブで真ん中にも付いてもらった。幸い、家族葬なので知らない人が受付に来て(ねぇ、今の誰?)ってなることは一切ない。新聞に父が亡くなったことが出るのは葬儀が済んだ後だし、呼んだ人しか来ないからだ。気が楽だから、その分、父の見送りに心ゆくまで集中できたのは、家族葬の大きなメリットと言える。

親族たちが予定通り続々と集まり、つつがなく通夜は終了した。葬儀社の担当さん(私よりだいぶ年上だと思われるカッコイイお姉さんだ)の司会進行もとても良かった。

どうしても、今世最後の夜にホールに父を1人残しておきたくなくて、母と妹にホールでのお泊まりをお願いした。私は偏食の甥っ子に苦労しながらみんなに夕飯を食べさせ、どうにかギターの練習をした。

翌日。葬儀の日。

ドジな私は、持ち物の確認を念入りに行った。葬儀に必要な物と、父の棺に入れる物と、あと、ギター演奏に必要な物も忘れてはならない。ギターと足台と譜面台、カポタストも必要だ(無いと糸が弾けない)。幸い確認を怠らなかったので忘れ物はしなかった。

葬儀が始まる。この日も長男と真ん中に受付をしてもらった。昨日と大半は同じメンバーだが、この日は旦那さんの実家の面々が来てくれた。旦那さんのお母さんは私の顔を見るなり、ぎゅっと抱きしめてくれた(びっくりしたが嬉しかった)。

私に関してだけ言えば、葬儀の間もギターが心配でならない😂思うように練習できていないのだから当然といえば当然だが。

お経が終わり、有難いお説法のあと、お坊さんが退出される。

ついに、この時が来た。…来てしまった。

司会の方に紹介され、私はギターを持って、父の元へ。

幸い、葬儀でのギター演奏(献奏というらしい)は、故人の方を向いて行うので、参列者の目が気にならなくて思ったより緊張しなくて助かった。

それでも、たくさん失敗したが、父のことを想い、精一杯の演奏ができた。だから、父は褒めてくれていたはずだ。私が頑張って何かやったとき、父は必ず褒めてくれた。例えば小さい時に料理を作って、それがどんなに失敗していても、絶対に食べてくれたし、褒めてくれた。

だから、「よくやった!」と、言ってくれていたと思う。間違いなく。

そして末っ子の登場だ。私のギターのイントロから、末っ子の歌に繋がる。オープンマイクではこの時、場が大いに湧いたが、ここは葬儀の場だ。当然、みんなは静かに聞いている(はずだ。みんなの方を見ていないので様子が分からない)。

そして、ラスサビ前の間奏。打ち合わせ通り、末っ子がみんなの方を向いて言う。「分かる方は是非、一緒に歌いましょう!お願いします!3…2…1…はい!」

葬儀が始まる前、参列者全員に、例の歌詞の印刷を配ってもらっていた。

末っ子の、はい!の後…本当にたくさんの歌声が、背中から聞こえてきて…本当に本当に、嬉しかった。

『縦の糸はあなた 横の糸は私

逢うべき糸に出逢えることを

人は仕合わせと呼びます…』

みんなに歌ってもらうことにして良かった。父さん、聞こえる? みんなの声だよ…。

(旦那さんは「歌ったら泣く」と思い、歌えなかったらしい。喪主挨拶も控えていたから、許してあげよう。真ん中は「兄貴が大きい声でしっかり歌っていて驚いた、自分は曲をあまり知らなくて、まともに歌えなかった」とのこと。名曲なので今後のためにも履修しといてください。)

そうして、献歌は終わった。私と末っ子は参列者の方に向き直り、歌ってくれたことへのお礼の気持ちも込めて一礼した。ここは葬儀の場なので当然、拍手などない。

と、思っていたら。

司会の方の声が響いた。「葬儀の場で“拍手”など、おかしな話だと思いますが、きっとお父さんに届いた、素敵な演奏と歌だったと思います。皆さん、少しだけ…拍手を、お願いします」

我々に向けて、何の迷いもない拍手が、たくさん送られた。

父さん。

聞こえたよね?

ね、いいお葬式だったでしょ?

葬儀の後、たくさんの親族たちに、末っ子の歌と私のギターを褒めてもらった。驚いたことに、葬儀場のスタッフさんからも「ギターの曲と歌、感動しました」と、声をかけられ、とても嬉しかった。

火葬場に向かう途中、「お母の葬式では俺がELLEGARDENの弾き語りしてやるよ」と長男から言われた。

ELLEGARDENは[ALEXANDROS]と同じく、私と長男の共通の推しバンドである。

「マジ?! 正直それは嬉しい。是非お願いするわ」

ということは私の時も家族葬か。…うん、全然いい。

今回やってみて思った。家族葬って結構…いや、かなり良いものだな。

妹もそう思ったようで、「私の葬式も絶対、家族葬にしてね!で、私の好きな曲めっちゃ演奏してほしい!頼んだよ!」と、自分の長女(中一)に言い聞かせていた…😂

で、この話はここで終わらない。

火葬が終わり、母、私、妹、旦那さんでお寺に仏様(…の、絵が描いてある掛け軸だ、実際は)を返しに行った。

4人で家に帰ると、玄関の前に着いた時点で何だかとっても騒がしい。というか…うるさい!?

音の源を辿って仏間に行くと、仏壇の前には、安物のアンプに繋げたエレキギターを掻き鳴らし[ALEXANDROS]を演奏する礼服姿の長男(黒スーツと髪型のせいで限りなくドロスのベース、ヒロくんに見える。弾いてるのギターなのに)と、それに合わせて熱唱する礼服姿の真ん中が!!!!!

どうやら、我々が寺に行っている間に、「じいちゃんの弔いライブじゃ!!」と、いうことになっていたらしい。

かーなーりうるさいが、葬儀社の社長はそれを眺めながらのほほんと「お兄ちゃんたちも葬儀で演奏すれば良かったのに、ねぇ。…え? いやいや、葬儀でロックを演奏される方、いますよ〜。私が知ってる例では、メタル系の方のお葬式で、参列者もそれ系の方が大勢いらっしゃって、ものすごくハードなロックを演奏したっていうのがありました」と、優雅に話している。

いつの間にか長男のエレキギターは上達していて、ちゃんと曲になっている。「city」のアルペジオも出来ている。普段聞くことがないから、全然知らなかった…!! そして、真ん中の歌もイイ!! 相変わらず声が綺麗だ(聞き入っていたら、大人たちの話し合いの内容が全然入ってこなくて、「ちゃんと聞いて」と旦那さんに叱られた)

そして夕飯後は、全員で[ALEXANDROS]メドレーを熱唱!!!!!!! 酒飲んで、歌うたって、とても楽しい時間だった。(マジでその日葬式を出した家とは思えん盛り上がりだった)

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そうやって夜は更けて、みんなの記憶に残る1日は終わっていった。

結局、やっぱり、音楽っていいな。

そして。今更だけど、家族ってかけがえのないものだね。

家族がちゃんといるからこそ、音楽が楽しいんだと、思った。

ギターにばかりのめり込みがちな私だが、家族を省みることも忘れてはならないと、肝に銘じた。

これからは、父が居ないのだ。

父の分まで、母を大切にしなければならない。

みんな、口には出さなくとも同じように思っているらしく、うちの子たちも旦那さんも何かと母を気にかけてくれている。

父の願いはちゃんと、みんなが受け取ってくれていると感じる。

早いもので、父が亡くなって3ヶ月経った。まだ、父が居ないことには慣れないけれど、我々はそれぞれにイメージする父の思いを胸に、自信と共にこれからを進んで行きたい。


最後までお読みいただきありがとうございました。関わってくださった全ての方に、感謝申し上げます。

ありがとう!!!!!!!!!!!!!!!!

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