連日病室に泊まり込みだった母。
このところ毎日そうだったのだが、この日も母は午後から一旦家に帰り、お風呂に入って自分の夕飯用軽食を携えて、また病室に泊まる事になっていた。
しかし万が一の時のために危篤の父を1人に出来ない。母が家に帰っている間、私が病室で留守番をすることになった。
その前に母以外の面々は全員家に帰るので、病院の面会制限で最後に2人ずつ父に面会しに行った。
最初に妹と妹の長女、次に私の旦那さんとうちの長男、最後に私とうちの末っ子、という順番だった。
旦那さんと長男が病室から出てきたので、私と末っ子は母と父がいる病室に行った。
私は末っ子に、「おじいちゃんの近くに行って、話しかけてあげて。ちゃんと言ってること聞こえてるから」と言った。
そしたら…高二男子の末っ子は、父の枕元で、大粒の涙をぼろぼろこぼしながら、「おじいちゃんありがとう。ありがとうね」と何度も言っていた。
その光景を見て、私は思い出した。16年前、父が最初の肺がんで入院していた時の事を。
まだ生後間もない末っ子を病室で抱っこした父は、「この子の面倒を見るためにも絶対に元気になる」と言い、辛い治療に耐えていた。
そして言葉通り、退院後は末っ子の面倒を誰よりも見てくれた。幼少期に彼を毎日お風呂に入れて、スパルタでひらがなを教えたのは父である。
末っ子が高校生になってからも、学校に送っていく役目を楽しみにしていて、進んで車を出していた。
うちの三兄弟の中で末っ子だけが私の両親と同居し始めてから産まれた子だ。間違いなく、この子は1番、父の世話になっていた。
目の前の光景に、赤ちゃんだった末っ子をこの同じ病院で、笑顔で抱っこしていた父の姿がフラッシュバックし、そこまでは泣いてる場合じゃなくて病院で一切涙なんて流さなかったのに、その時はもう、母と二人でドロドロにもらい泣きした。
面会が終わると妹家族は一旦自分の自宅に帰り、うちの4人も揃って長男の愛車で家に帰った。
昼食諸々を済ませてから、母と交代するため私は病院へ。

変な空だった。
ねずみ色の雲の奥が光っていて、そこに天使でもいるんですかって感じ。
天使さまがいるなら、どうかまだ父を連れて行かないでくださいとお願いし、私は車を走らせた。
病室に着くと、父は何とか低空飛行で落ち着いていた。決して楽観視できる状態ではない。母は「大丈夫かなぁ…」と心配しながらも、家に帰っていった。
病室には私と父だけ。
時折話しかけたりしながら、父の様子を見守る。
父とは、色々あったな、と思った。
20歳前後からマグロ漁船に乗って世界を飛び回り、日本に戻ってからは今で言う半グレすれすれの悪いこともやっていたらしい父。その後10歳以上年下の母と結婚し私が産まれてからは悪いことから足を洗い、鳶職や建設、土木作業員など、危険な仕事を何でもこなした。
ガチガチのガテン系の父。言葉で上手に何でも伝えられる人ではなかった。今でこそいいおじいちゃんだが、昔は怒ると鬼みたいに怖かった。酔うと手も出たし、言葉の暴力はヤ〇ザみたいでエグかった。近所でも怖い人と有名だった😅
そんな父だったから、若い時には恨んだりもした。私が高二の時、父の糖尿病が発覚し、私はその時、一人でほくそ笑みながら「イェーイ!早くタヒねあんなやつ!」と、買ってきた安い赤ワインで乾杯していたっけ(時効だから許して)。
私が18の時、初めて彼氏を家に連れていった(現在の旦那さんだ)。
息子が欲しかった父は、素直な彼を気に入り、とても喜んだ。
その後、我々の結婚を期に、父はタバコをやめた。何度も闘病をし、酒もほとんど飲まなくなった。
それでも、長い間吸っていたタバコに、肺は蝕まれていた。
病気だけでなく、父は怪我も多かった。危険な仕事ばかりしていたので当然といえば当然かもしれないが。それでも、「やば、お父さん今度こそタヒぬんじゃね?」という状況に何度陥っても、父は不死鳥のように復活して、その度に職場でも家でも、バリバリ仕事をこなしていた。そういう人だと思っていた。働き者だった。そこだけは本当に真似できないなと尊敬していた。
その父が、今度こそ本当に亡くなろうとしている。
ふと、栄養不足でパンパンに浮腫んだ父の手を握ってみた。この手に助けられたのは私だけではない、と強く感じた。母や妹、旦那さん、私のみならず、私の子供たちのことも、たくさんたくさんたくさん、助けてくれた。
そう思った時、どこかで僅かに残っていた、積年の恨みのようなわだかまりが、全部消えていった。
看護師さんが入ってきて、父に声をかけ血圧を測った。酸素の量、脈を確認する。そして私に言う。
「お母さんは?」
私は母が一旦帰っていて後で戻ってくることを伝えた。
看護師さんの表情が曇った。そして、父の方を見て呟く。
「そっか……(絶望の表情)」
私は超、不安になった。
え…母、もしかして間に合わないとかある?!
私は今すぐ母を呼び戻すために電話をかけたい衝動を頑張って抑えた。いやいやいやいや、信じて待つんだよ、母だって急いで最短で戻ってくるだろうし、父は頑張ってる、落ち着くんだよ…と、自分に言い聞かせた。
「お父さん、後でちゃんとお母さんくるからね〜」と、父にも言い聞かせながら。
③へ、続く…!!!


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