『家』〜素人による介護記録⑧〜

家族の闘病

退院の翌朝。

真っ先に父のいる部屋に向かうと、もう母は起きていて、妹がいた。

「明らかに、意識レベルが落ちてる」

妹が言う通り、父は昨日と比べて格段に反応が薄くなっていた。

「昨日はさ、退院できるって決まってお父さんアドレナリン出てたんだと思うよ。帰るまでは、よっしゃ帰るぞ!って感じだったんだろうし、帰ってからもずっと来客とかあったし。帰りたい家に帰れて、会いたい人に会えた。だから、今日はもう落ち着いてる」

本当に、亡くなる時が近づいているんだ…真ん中は翌日の朝家に到着する。果たして間に合うのだろうか…?! 私は一気に心配になった。

「点滴がもう無くなりそうなんだよね…昨日、かかりつけ医の先生、点滴の説明する時、私の方見て言ってたんだよね…私が替えればいいのかなぁ? ま、誰が替えても一緒か。替えよ」妹は一人で納得し、点滴の袋を薬局さんが置いていった新しいのに替えていた(いいのかそんなんで)

この日は午前中のうちに訪看さんが来ることになっていたので、我々3人は準備して待っていた。母が準備していた父の真新しいパジャマ2種類の中から、生地が厚手の方を選び(こっちの方が似合うんじゃね、とかそんな理由だった。父はオシャレだからいいと思う)、中に前開きの下着をセットしてすぐ着替えられるようにしておく(赤ちゃんの着替えと一緒だ)。

それからしばらくして、訪看さんがやって来た。

「初日なので、3人で来ましたよ〜!」

なんと!父1人のために3人で来てくださったのだ。

代表の方が、父の耳元で挨拶してくださった。「〇〇さーん!△△訪看の□□です。今日は身の回りの事、色々させていただきますねー!よろしくお願いしまーす😆」最初の印象通り、とても良い方だ。

訪看さんはまずオムツ替えをしてくれた。おチンからは相変わらず茶色のカスが出ていて、訪看さんも妹同様、それが何なのかよく分からないとの事だった。

前日のオムツ替えで、妹が「これ、女性によくやるやつなんだけど、父さんはかぶれたらかわいそうだしおしっこ出なそうだからこうしておくね」と、尿とりパットをいわゆる“チン巻き”ではなく、屏風型に折った形で付けていた。訪看さんもそれを見て、「蒸れたら嫌だね。じゃ、チン巻きはしないでおきますね〜」と言っていた。

“チン巻き”って、県をまたいでも使われてる介護業界の共通用語なんだ…?! 妹が独自に使ってる造語とかじゃないんだ…?! 私は謎に感銘を受けた。

そこから妹と訪看さんたちの間で専門用語が飛び交ってワケワカメだったが、どうやら床ずれ防止のためのシートを貼ってくださったようだ。どうしても、身体の中で寝てる時に下になる位置で骨が出っ張るところは床ずれしやすいらしく、父は骨盤?腰?の下あたりに貼ってもらっていた。

訪看さん3人がかりで身体をきれいに拭いてもらい、真新しいパジャマに着替えさせてもらった。パジャマは我々の見立て通り、父によく似合っていた。

そこからがまた凄かった。

訪看の代表さんが念入りに両手足をマッサージしてくださったのだが、そこから明らかに変わったのだ。

浮腫で太くなっていた足が、元の細さにかなり近づいたし、手もいくらかマシになった。

感激した妹が「何かマッサージの資格でも持っていらっしゃるんですか」と聞いたが、「ないですよ、なんの免許も。素人ですよ〜」と代表は明るく笑っておられた。

と、いうことは、今まで散々患者さんにマッサージをしてきた、現場経験が全てということ!

訪看さん達が帰られた後も、我々の感激は収まらなかった。「いやぁ、凄すぎるね…!いいもの見させてもらったわ。私もマッサージ、勉強しようかなぁ…」「凄かったね、私もマッサージ出来るようになりたいわ」我々姉妹の間でマッサージブームが到来した瞬間だった(残念ながらすぐに終わったが)

私は洗い場に出ている食器があればすぐに洗い、学校を休んでド田舎(うちだ)に連れてこられている姪っ子甥っ子にこまめに声をかけるようにした。相変わらずつぶさに父と計器を観察し、必要な時に吸痰等の処置を行っている妹に、ぽつりと言う。

「私なんにも出来んくて、役に立てなくて申し訳ないね」

妹は私の顔をまっすぐ見てきっぱりと言った。

「そんな事ない。いてくれて、どんなに有難いか」

私こそこの時、どんなに救われたか。

妹は初めから分かっていただろう。医療とも介護とも関係ない世界で生きている私がこの局面で何も出来ないことなんて。それもあって、カンファレンスの前日、「これでいいと思う?」と聞いてきたのかもしれない。

私には妹や母のように、技術や知識がある訳ではない。ただ、家族だ。父を大切に思う気持ちは一緒だ。

私は私の役割を果たそう。

じゃ、手始め…かどうか、分からないけど…。

私はついに覚悟を決めて、今は音楽室と成り果てている元・真ん中の部屋へ足を踏み入れ、ギターケースのファスナーを開けた。エレガットを取り出し、ネックを鷲掴みにして階段を降りる。ド寝癖、ドすっぴん、ド寝間着のままの私が、いかした黒いガットギターを持って現れたので、妹は驚いていた。

「わぁ、ギター弾いてくれるん?」

「うん、お父さんが帰ってこれたら、聞かせようって決めてた曲があって」言いながら私は不安だった。下手なのだ。絶望的に。

練習が足りていないから。…それ以前に、私の腕が未熟だから。

いつもギター教室で先生が弾いてくれる、あの音色。あの美しい音で、このメロディーを、父に聞かせてあげられたらどんなにいいだろう。

しかしそんな事考えてもしょうがない。私は言った。「じゃあお父さん、聞いてね。Home、っていう曲だよ」

曲名を聞いた妹が息をのむのが分かった。

私は弾き始めた。

驚くべきことだが、私の指は、緊張で震えていた。

なんで?家族しかいないのに?

最近は音楽室があることで私のギターは家族にすらほぼ聞かせていなかった(うるさいと旦那さんから苦情が来ることはあったが)。人に聞かせること自体があまりなかったのと、大切な父が最後に聞く曲になるかもしれないとの思い、両方から来る緊張だったのだろう。

演奏中は父の方を見る余裕もなかった。もちろん、1日でギターが劇的に上手くなるなんてこと絶対ないし、指が震えている人が上手く弾けるなんてこともある訳なく、演奏はボロボロ。

弾き終わって、父を見る。反応がある訳ではないし、父がどう感じたか全く不明だった。父は元々、特に音楽好きという訳ではないし。

「凄く、綺麗な曲だね。ギターの音っていいね」

そうだ、妹もいたんだった…と思って、声がした方を見ると、どうやら写真か動画を撮られていた雰囲気(多分動画だったなアレ)。

えっ、こんなボッサボサの私を撮ったんですか?! と思ったが、まぁどこかに出したりはせんだろうと特に何を言うのもやめにした(看護頑張ってくれてるし)。

「曲名、Homeっていうんだ」

「そう。たまたま、今年の発表会のために練習してた曲が、これなの」

「そうなの?! …凄い偶然だね。Home、『家』か。父さんの帰ってきたかった家…。絶対、また聞かせてね」

“絶対”とまで言われた。下手なのに😅

でも、父がいる間は毎日ここでHomeを弾こうと、決めた。

⑨へ、続くっ…!!!!!!!!!(もう本っ当に長)

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