微かな希望〜素人による介護記録③〜

家族の闘病

看護師が去った後、私は不安のあまり、絶対に仕事中であろう真ん中に、「できたら今TV電話したい」というLINEを送った。離れて暮らす真ん中は、もう父に会うことが叶わないかもしれないと思ったのだ。

当然ながら、真ん中からの返信は来なかった。仕事中はいつもそうだ。仕方がない。そうは思いつつも、私は絶望的な気持ちになった。なぜ、奴の昼休みの時間帯に、TV電話することを思いつかなかったのだろう?そのくらいの時間は確か病室にいたのに。

看護師さんの10数分ほど後に、主治医がやってきた。

いきなりでかい声で父に「〇〇さ〜ん! どうですか〜?」と話しかけるので、カンファレンス室での冷静な様子との違いに普通に驚いた。しかし父ははっきりと主治医を見て、聞かれたことに対して頷くことで答えていた。

なるほど、でかい声ではっきり喋ると反応が良いのか…。妹といい主治医といい、やはり本職は違うな、と、どうでもいいことを私は考えた。

父の様子と計器の値を確認し、一緒に来ていた看護師に、供給する酸素の量を増やすよう指示し、主治医は退室した。酸素を増やしてから、看護師も去った。

また父と2人になった。

主治医が酸素を増やしたこと、血圧の値、血中酸素濃度の測定値を、私は母にLINEで送っていた。1時間後くらいに返信が来た。内容は…「さっきより上がったね、よし」。

私はここで少しほっとした。

夕方、妹が病室に来てくれた。

隣県の自宅に帰って、実家である私の家に長期滞在する準備を整えて、合間に仕事で、勤めている訪問看護ステーションの利用者さんの退院カンファレンスに参加し、また子供たちを連れてトンボ帰りしてきたのだ。

一人で来たので、子供たちをどうしたのか聞くと、家でうちの旦那さんが見てくれているとのこと。それなら安心だ。(彼は子供の扱いが上手なのだ)

妹はしきりに、酸素を増やされたことと、吸痰(気管に詰まった痰を、ゴムチューブ付き掃除機みたいな専用機械で吸い出すこと)がちゃんとされているのかを気にした。

そして言葉じりから感じられる彼女の見解は「今亡くなっても、明日亡くなってもおかしくない」なのだろうなと、はっきり聞かなかったけれど思った。

妹と話したり、時々来る看護師と話したりしているうちに、私のスマホに着信が来た。

真ん中だ。仕事が終わってかけてきたのだ。

スマホで通話なんてあまりしないし、ましてやスピーカーにしたい事なんてそうそう無い。でも何とかスピーカーにすることに成功した。

「お父さん、電話、〇〇だよ」

真ん中の名前を聴いた父の目が反応している。

「〇〇ちゃん、おじいちゃんね、もう喋ることできないけど、耳は聞こえるから、励ましてあげて。頑張れ、って」

妹の呼びかけに、帰宅途中らしい真ん中の、感情の乏しい声が響いた(外だからしゃーないけどな)。

「おじいちゃん、頑張れ」

父はうんうんと頷いた!

私と妹は、その姿に希望を見出した。もしかすると、明日本当に家に連れて帰れるのではないか?

その後母が病室に戻ってきて、無事引き継いで私と妹は家へ。

家事やら風呂やら諸々を済ませても寝れなくて、少しだけと心で言い訳しながらギターを弾いてしまう。

家に帰りたいと切望して未だ帰れない父と、家でクラシックギター曲「Home」を弾く私。

なんなのこれ。

もしも、もしも父が無事家に帰ることができたら、この曲を隣で弾いて聞かせよう。まだ下手だけど…。

そう決意し、私は何とか眠りについた。

④へ、続く…!!!!!

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